名和高司さん講演:イノベーションとインクルージョンを育む「ほんのれん」【イベントレポート・後編】
思いがけない気づきや発見に出会える場所を、日常のなかに作りたい。編集工学研究所と丸善雄松堂は、2023年の春より、「問い」と「本」で「対話」を起こす新サービス「ほんのれん」の提供を開始しました。
「本」が育む「場の力」
なにもかもが加速化する現代で、なぜあえて「本」を使って対話を起こすのか。本は、自動選別された情報がひっきりなしに送り込まれるメディアと異なり、自分のリズムで考える余地を提供する「遅い」メディアです。
自分の思考が動く余地があるからこそ、未知を楽しみ、日常の境を超えた発想を呼び込むことができます。そんな「読み」の体験を交わし合う空間が、場所や組織の本来の力を引き出すはず。「ほんのれん」は、問いに誘われて本で未知と出会う、一畳サイズの小さな越境エンジンです。
ほんのれんを全国で初めて導入した「イノベーション・ハブ・ひろしまCamps」では、2023年3月にトークイベントが開催されました。ゲストとして登壇した名和高司さん(経営学者・『パーパス経営』著者)は、イノベーションの土壌を育み、インクルーシブな場をつくる装置としての「ほんのれん」の可能性を語りました。その様子をレポートします。
「イノベーション・ハブ・ひろしまCamps」で広島県が運営するブックサロン「呼問」の活動については、前編の記事をご覧ください。
編集工学研究所と丸善雄松堂の新サービス「ほんのれん」は、問いと本の力でオフィスやコミュニティスペースに対話の場をつくります。
江戸時代の「連」のような創発の場を
「ほんのれん」は更新型の一畳ライブラリーです。ライブラリーと対話スペースが一体となった「ほんのれん棚」に、選りすぐりのリベラルアーツ100冊「百考本」を常備。さらに今こそ考えたい旬な「問い」と、問いの手がかりとなる5冊の「旬感本」をセットにして毎月お届けします。
問いや本が目にとまりやすく、対話が起こりやすいように設計されたオリジナル本棚「ほんのれん棚」
ほんのれん流リベラルアーツ100冊の「百考本」(左)を常備し、「問い」と5冊の「旬感本」(右)が毎月届く。
「ほんのれん」というネーミングは、「本の連」を意味します。「連」とは、江戸時代に俳諧や浮世絵などの多様な文化を生んだ文化ネットワークのこと。芭蕉や北斎のようなスターもここから生まれました。
江戸時代の「連」のような生き生きとした創発の場を、現代に蘇らせたい。ほんのれんは「問い」と「本」と「対話」の力で人々をつなぎ、気づきが連なっていく場を目指しています。
「ほんのれん」は、「本の連」と「本・のれん」の両方をあらわす。「のれん(暖簾)」は、組織やコミュニティの矜持すなわち「志=パーパス」に通じる。
「イノベーション・ハブ・ひろしまCamps」でイベントを開催
そんなほんのれんを、全国で初めて導入した「イノベーション・ハブ・ひろしまCamps」(運営・広島県)で、「共読」(きょうどく)と「対話」の可能性を考えるトークイベントが開催されました。
「共読」は編集工学研究所が開発・提供する読書と対話のメソッド。本を手にしながら他の誰かと対話し、「共に読む」ことで、視点が揺らぎ思考が触発される。
(左)「イノベーション・ハブ・ひろしまCamps」に導入されたほんのれん。(右)ほんのれんの「旬感本」と共読ツールを使って、毎月2回、共読会を実施。地域の人々が集まり交わし合う場が育っている。
名和高司さんが語る「ほんのれん」の可能性
イベントのゲストとして登壇したのが、『パーパス経営』の著書として知られる一橋大学ビジネス・スクール客員教授の名和高司さん。名和さんは、「ほんのれん」構想に早くから注目を寄せてくださっていたおひとりです。組織の創発性について深い知見を有する名和さんは、共読や対話を促す「ほんのれん」のどこにポテンシャルを感じたのでしょうか。
名和氏は『パーパス経営』のなかで「経済モデルや経営モデルにおいても、『編集力』を基軸とした新日本流の再確立(リミックス)が問われている」と説く。
まず名和さんは「今日の本題」として、これからの組織のあり方について次のように語りました。
「近年はDAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自律組織)型の組織に注目が集まっています。たしかに、メンバー各人が自律することは大切です。しかし、分散してばかりだと、組織としての力は弱まってしまう。そこで私はDAOに『つながる』という要素を加えたDACO(Decentralized, Autonomous but Connected Organization)こそが、イノベーションを起こす新たな組織の形態だと考えています」
一人ひとりが自律しながら、つながり、イノベーションを起こす。DACOのあり方は、ほんのれんが目指す「連」のあり方と重なり合っています。
ほんのれんは、「問い」と「本」を媒介に多様な組織や地域がつながりあう未来を目指す。これこそがDACOを実現する装置であると名和氏は見る。
「ゆらぎ→つなぎ→ずらし」のプロセスで創発が生まれる
DACOや連のような組織をつくるために、名和さんが「必要不可欠」と指摘するのは、「ゆらぎ→つなぎ→ずらし」というプロセスです。
「ゆらぎは、組織の末端=現場から生まれます。なぜなら、そこは常に世界の多様性に曝される場所だからです。大切なのは、ある現場で起きた小さな『ゆらぎ』を、ほかの現場へと『つなぎ』、組織全体を『ずらし』ていくことです。実は生命の進化にも同様のプロセスが存在していて、この連鎖が上手くいかない種は、残念ながら絶滅してしまう。組織についても、同じことが言えるでしょう」
ほんのれんが提供する体験にも、「ゆらぎ→つなぎ→ずらし」のプロセスがあります。「問い」と「本」によって個人の価値観に「ゆらぎ」をつくり、対話を通じてそれを誰かに「つなぎ」、より大きな「問い」として社会や組織のあり方を「ずらし」ていく。違和感や疑問、好奇心など、日常に潜む何気ない「ゆらぎ」のタネに気が付くためにも、本というメディアに乗った多様な観点が多くのヒントをもたらしてくれます。
問いに誘われて本を手に取り、他者と見方を交わし合うことで、価値観がゆらぎフィルターバブルをやぶる機会になる。
異なるもの同士を結びつけ、イノベーションのハブとなる
さらに名和さんは「イノベーション」が起きる仕組みについて、こう語ります。
「この言葉の生みの親である経済学者、ヨーゼフ・シュンペータはイノベーションを『新結合』だと定義しています。しかし、私はあえてこれを『異結合』や『リミックス』と言い換えたい。そうすることで、イノベーションとはゼロから新しいものを生みだすものではなく、既にあるもの同士を結びつけて新しい価値を見いだすものだというニュアンスが強調できるからです。」
異質なもの同士であればあるほど、リミックスの効果は大きくなるそう。編集工学研究所が日々研究・実践する「編集」という行為も、まさに異なる情報のあいだに関係性を発見し、それを新しい形で結び直していく活動です。どうやらイノベーションは、「編集」の別称でもあるようです。
「ほんのれん」の「問い」と「本」は、対話のきっかけになる。編集部では毎月の問いを考えるため35冊の本を集め、関係線を引いている。(画像は「旬感ノート」より)
本が「異結合」の媒体になる
人と人とのリミックスを成立させるためには「媒体」が必要です。媒体の代表として名和さんが挙げるのが、「パーパス」。特に会社組織においては、共感可能な「パーパス=志」を介することで、出自も立場も異なるメンバー同士の連帯が可能になります。
「私たちのコミュニケーションは、常に媒体を必要としています。きっとみなさんにも身に覚えがあると思うのですが、同じ日本語話者同士でも、何か共通の話題がないと、すぐに会話に行き詰まってしまいますよね。組織においては『パーパス』が有効な媒体になりますが、さまざまな見方や価値観を運ぶ『本』もそれに負けないくらいのポテンシャルを秘めているはずです。そう考えると、本を通じて対話を生み出す『ほんのれん』は、イノベーションの土壌を耕す装置だと言えるのかもしれません」
本のある空間がコミュニケーションをつなぐ。
産官学それぞれの立場からみた「ほんのれん」の可能性
講演後には、Campsでほんのれんを活用した共読活動「呼問」を牽引する広島県商工労働局イノベーション推進チームの山崎弘学さん、「共読」の手法を組織づくりに積極的に生かしてきた株式会社POLA 執行役員の荘司祐子さん、「ほんのれん」のプロデューサーでもある編集工学研究所代表の安藤も加わって、パネルディスカッションを開催。産官学それぞれの立場から、ほんのれんや共読について意見を交わしました。
広島県商工労働局イノベーション推進チーム 山崎弘学さん
「『問い』に誘われて『ほんのれん棚』に立ち寄って、気になった本をパラパラとめくっていると、自分でも思いもよらなかった問いや気づきが次々に浮かんできます。それはやはりほんのれんのテーマとして設定される問いの面白さと、考え抜かれた選書のなせる業なのでしょう。これからCampsを訪れる方にも、ぜひほんのれんを利用してみてほしいですね。そこから新たなイノベーションの種が生まれることを期待しています。」
株式会社POLA執行役員TB事業企画担当 TB営業企画部長 荘司祐子さん
「POLAでは以前から組織開発のために『共読』を取り入れてきました。この夏には『ほんのれん』を導入します。本というのは、人間関係を構築する上で、すごく便利なツールです。本をクッションにすると、互いに傷つかない距離を保ちながら、本音に近い部分をさらけ出すことができる。今、多くの企業がジョブ型組織の効率性を取り入れつつ、いかにメンバーシップを維持するかに苦心していると思いますが、信頼関係構築のフェーズで足踏みしているのであれば、共読的なアプローチを取り入れるのは効果的だと思います。 」
一橋大学ビジネス・スクール客員教授 名和高司さん
「スキルを持った個人同士が、簡単につながることのできる現代において、企業の役割はどこにあるのか。それは、さまざまなバックグラウンドを持った人が出会うことのできる、インクルーシブな場を継続的に維持していくことだと思います。逆に言うなら、それができない企業は、どんどん存在意義を失っていくでしょう。ほんのれんのような多様な『文脈』と『問い』を備えた装置は、そうしたインクルーシブな場の創出にも効いてくるはずです。」
編集工学研究所 代表取締役社長/「ほんのれん」プロデューサー 安藤昭子
「ほんのれんは人と人とをつなぐハブとして、組織づくりに貢献すると考えています。トレーニングすることで筋肉が鍛えられるように、本を通じた対話を繰り返していくと、個の想像力や組織のコミュニケーション力も養われます。ぜひさまざまな場所で、ほんのれんを活用していただけたら嬉しいです。将来的に、ほんのれんを導入した組織同士、場同士のつながりから、『現代版・連』のような新しいネットワークが出現してきてほしいと願っています。」
「ほんのれん」のご紹介資料はこちらからダウンロードいただけます。