社会を土台から問い直し、真のイノベーションが生まれる場所へ。広島県ーイノベーション・ハブ・ひろしまCamps-【ほんのれん導入事例 no.1】
広島から新しい価値を生み出していく起点となり、挑戦の旗印でもある公共空間、「イノベーション・ハブ・ひろしま Camps」(以下、Camps)。広島県が運営するこのCampsは、ビジネスや地域づくりなどに挑戦する人々が集い、交流するイノベーションの共創拠点です。
VUCAと言われる現代において、成長だけを追い求めるのではなく、社会全体の「豊かさ」を実現する真のイノベーションに向けた行動を起こしたいと、2023年2月から「ほんのれん」を設置。ほんのれんで届く「問い」と「本」を活用して、4月からは月に2回の「共読会」を実施しています。
本や共読メソッドの活用で、これまでにない対話が生まれているというCampsでの活動について、お話を伺いました。
Campsの入り口をくぐると、今月の「ほんのれん」の問いと共読会の実施スケジュールが目に入る。
[お話を伺った方]
広島県商工労働局イノベーション推進チーム 山崎弘学さん
背景の本棚は、広島オリジナルの10の問いにもとづいた「未来するブックサロン 呼問」の50冊(編集工学研究所が選書)。地域発のイノベーションを問い続け、広島ならでは、自治体ならではの活動を模索する山崎さん。普段はCamps独自のアクセラレーションプログラムなどにも携わっている。
「真の豊かさ」を目指すイノベーション拠点
ーCampsでは、どのような「イノベーション・ハブ」を目指しているのでしょうか?
山崎さん:誰でも自分の身の回りにおいて、疑問に感じたり納得いかないことってありますよね。ビジネスはもちろんですが、地域やコミュニテイの活動なども含めた幅広い領域で、そうした課題を解決するイノベーションの創出と、そのベースとなる人と人の出会い、交流のハブとなるような場づくりを目指しています。
これまでもCampsでは、イノベーターと呼ぶべき人々が集まって、アイデアを交え、一緒に議論し、事業計画を磨き上げることで、新しい商品やサービスを生み出してきました。しかしその一方で、数値的な目標を掲げ成長だけを追求することへの限界に気づいた多くの方が、これからの社会をどう描けばいいのかという問いが生まれるなかで、もやもやした気持ちを抱いていらっしゃるのではないでしょうか。
環境問題や国際紛争、人口減、格差の拡大… いま社会で起きている問題に対して、目の前のビジネスや事業を超えた俯瞰的な視点から向き合い、オープンな対話と交わし合いのなかで、これからの「豊かさ」とは何かを考え、自分なりの答えを見つけて行動していく。そんな志を共にする人々が集う場所にCampsを育てたいと思っています。
イノベーションの素地を育む「ほんのれん」
ーそのようなCampsで、全国に先駆けて「ほんのれん」を導入いただきました。
山崎さん:デザイン思考、アート思考…イノベーションを発想するための方法論というか、柔軟な思考力を身に着けるためのツールをこれまで色々と試してきました。
そんななかで、そもそもの出発点となる課題設定、すなわち「問い」の「ゆらぎ」こそが発想力の「鍵」ではないかと思い至ると同時に、これまで試してきた論理的な思考と直感や感性を結びつける「何か」は答えが見つからないままでした。そんなとき偶然見つけて受講した編集工学研究所の研修で提起されていた「編集力」こそが、ずっと求めていた答えだと確信しました。
ー「編集力」は、何かと何かのあいだに関係性を発見して、異質なもの同士を結び合わせる力です。まさに、イノベーションの原動力そのものと言えますね。
山崎さん:はい。その編集力に加えて、自分の知識や経験を超えて、未知の分野やテーマまで幅広く包含するようなものの見方を得るために、本というメディアも最適でした。
特に「ほんのれん」では、一人静かに本を読むのではなく、本からキーワードを高速で拾いながら、誰かと対話するための道具として本を使います。これが「交わし合う場」を目指すCampsの思想とマッチしました。
新しいビジネスを着想する第一歩は社会のニーズをキャッチすること。本を使って旬な問いを考える活動は、一見イノベーションから遠いようでいて、実は一番確かな近道なのかもしれない。
ワークショップで多様な交流と「気づき」が生まれる
ーCampsでは、「ほんのれん」を使って共読会を開催しています。
山崎さん:旬感ノートを使うので「ほんのれん旬会~創発交流サロン~」と勝手に名付けて(笑)、月に2回、朝の部と夜の部を開催しています。
ほんのれんで毎月届く「旬感本セット」は、テーマも「働き方」や「場づくり」、「環境問題」など誰もが気になる話題ですし、「旬感ノート」のワークシートで提示される「問い」も「なるほど!」と唸る切り口ばかりで、楽しみながら取り組める工夫が盛り沢山です。かわいらしいデザインがとても親しみやすく、月末に荷物が届くのを心待ちにしているスタッフもいるんですよ。
Campsは施設の性格上、多様な属性の方々が普段から出入りされるので、必然的に旬会へも会社員、起業家・個人事業主、主婦、学生さんなどが混ざりあう形で参加されおり、年齢や属性を超えた対話が生まれるのが最大の魅力です。先日も金融機関にお勤めの方が「環境問題」を考える旬会に参加されて、普段とは全く違うものの見方に触れられて新鮮だったと感想を述べられていました。
日常の中では、どうしても「当たり前」を疑う機会は少なくなりますよね。でも、ちょっとした気づきを得る機会さえあれば、そこからはみなさんどんどん思考や探究が深まっていくように感じています。
普段意識しない、または見過ごしている「当たり前」を問いなおすチャンスとして、Campsでの「ほんのれん旬会」をみなさんに活用してもらえたら嬉しいです。
Campsでは「本」や「問い」に誘われて、様々な属性の参加者が混じり合う。普段は出会わない人と交わし合うことから生まれる気づきも多い。
予測不可能な相乗効果が面白い、「ほんのれん」の対話
ー「ほんのれん」を使った対話は、どんなところが特徴的ですか?
山崎さん:そうですね、何よりも本が人と人が向き合うことのクッション材になることで、対話がまろやかで柔らかくなる印象を持っています。
「本にこう書いてあるけれど、自分はこう思っていて……」というコミュニケーションのスタイルは、直接的に自分の主張をぶつけないので会話も不思議と穏やかなものになり、自分の見方も話しやすいですし、他の人の言葉も入ってきやすくなります。
さらに、本があることで話の先が予測できない面白さもあります。本から拾うキーワードは、その時の考え方や感情によっても変化しますし、そこからの連想もどんどん広がります。自分の経験や知識だけで話すのとは全く異なる展開に、多様な属性の参加者との対話が相まって、「見方」と「問い」がべき乗で豊かになっていきます。
先日別の方も、「コロナ禍中は色々なセミナーに参加しましたが、『ほんのれん』はこれまで体験したものと全く異なります。これが一番良かった!」とおしゃってくださいました。「次は職場の若者を連れてきます」とまで(笑)。
本を使うと個人の知識や経験だけに頼らない対話ができる。だからこそ誰でも飛び入りで参加できて、立場や属性によらないフラットな交わし合いが実現する。
「旬感ノート」には本から抽出された視点や思考の手すりになる問いが満載。本を精読しなくても簡単に取り組めるため、短時間で高速に対話が深まる。
交わし合いの場を育て、広げたい
ー人から人へ、つながっていきますね。今後に向けては、どんな期待をされていますか?
山崎さん:「ほんのれん」を使って、本を片手に対話するグループがCamps内のあちらこちらで自然と湧き起こるような場を作っていきたいですね。6月の旬感本にある20世紀パリのカフェのような空間が理想です(笑)
「ほんのれん」を使う仲間がもっともっと増えてくれば、他の企業や学校、そして県を超えての関わり、つながりが深まっていくと期待しています。
世の中の流れは抗いがたい大河のようですが、その流れの中にこそ、みんなでちょっとずつ楔を打ち込んでいきたいんです。
2023年6月の「ほんのれん」旬感本では「場にはどんな力がある?」をテーマに、近代ヨーロッパの時代を作ったカフェや,これからの可能性が期待されるメタバースという様々な「場」の力をとりあげた。画像は「旬感ノート」の1ページ。
ー大河に楔を打ち込む仲間を募るのですね。「ほんのれん」も一員に加われて嬉しいです。
山崎さん:広島人にはロックンロール魂が息づいていると信じたい。矢沢永吉さん風に「やっちゃえ!!」という、そんな気持ちです(笑)。
これまでの「当たり前」に閉じこもっていては、豊かで面白いイノベーションは生まれない。自分で考えているように”思わされている”だけじゃなく、もう一回足元から社会や経済を見つめ直し、自分の頭で大切なものを「問い」続けるきっかけになれるように、これからも活動を続けていきます。
「たまにはロックも楽しいですよ」と、地域発のイノベーション・ハブに新しい風を吹き込む山崎さん。今後の輪の広がりも楽しみです。