Season 3 第1講
「日本語としるしのAIDA」を問う
2022.10.15
グローバル・スタンダードが席巻する現在、世界は英語で覆われている。「日本語」は生き延びていけるだろうか。そもそも日本人の発想や感覚に影響を与えている「日本語」とは何なのか。
日本語について考えることは、日本と世界のスコープを獲得することでもある。
日本語は、漢字、平仮名、カタカナといった様々な「しるし」で刻まれてきた。表記文字の組み合わせの多義性は、思考の多様性とも結びつく。思想も直観もすべて含まれる日本語という「しるし」は、グローバル社会を生き抜く武器になり得るはずだ。ではどうやって?
ここ、[AIDA]は教えを請う場ではない。問題意識をぶつけあう「知のコロシアム」だ。6人のボードメンバー、5人の多彩なゲスト、次世代のリーダーたる28人の座衆(受講生)との全6講の交わしあいを通じて、「日本語としるし」の「AIDA(間)」に、日本と日本企業の行く末を思考する。
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第1講
座長:松岡正剛
Season3ボードメンバー:
大澤真幸氏(社会学者)
佐藤 優氏(作家・元外務省主任分析官)
武邑光裕氏(メディア美学者)
田中優子氏(法政大学名誉教授・江戸文化研究者)
村井 純氏(情報工学者)
山本貴光氏(文筆家・ゲーム作家)
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シーズン3 第1講フォトレポート
固定観念を「壊す」ための第1講
[AIDA]では、「壊す・肖る・創る」の3段階の変容プロセスで、それぞれの「編集的社会像」を構想する。第1講では、思考を自由にするために固定観念を壊す。
[AIDA]プロデューサーの安藤昭子(編集工学研究所代表取締役社長)は、オープニングのフラッグメッセージで、「グローバルな外来コードをそのまま無自覚に使うことで、日本社会は行き詰まっている」と問題意識を投げかけた。「2005年の開講時から“日本の方法”をテーマにして始まったこの場。いま改めて立ち戻る時がきました」。
松岡正剛「私たちはまだ、日本語の正体がわかっていない」
「マザータング(母国語)がどうやってできたのか」。松岡座長は座長講義で「私たちはある国に住むのではない。ある国語に住むのだ」と、エミール・シオランの視点を持ち出した。思考の手すりは『源氏物語』だ。「紫式部は虚(ヴァーチャルな世界)の中で、和歌という心内語(作中人物の心の中のしるし)と草子地(語り手の言葉)だけで源氏物語を著した。ここに日本語の正体が潜んでいる」。
豪徳寺・本楼に「知のコロシアム」が出現した
[AIDA]のライブセッションでは、6名のボードメーンバーと座衆とが直接、かわしあう。「グローバルな競合の中、サービスの均質化を感じる。どう打ち破ればいいか」、「日本語でしか語り得ないものをどう作っていくのか」、「コンプライアンスや人的資本経営など、言葉だけが先行している」。ヒリヒリする問題意識がぶつかり合う。
大澤真幸「日本語は特殊だよね、で終わりにしてはいけない」
ボードメンバーからも問題提起が続く。大澤真幸氏は「日本語って特殊だよね、で満足して思考を終わりにしてはいけない」とした。「日本語とは何か?を突き詰めて考えていくと、西洋言語からは見えてこなかった言葉のもつ普遍性が見えてくる。日本語の特殊性の中にある普遍にこそ分け入っていきたい」。
佐藤優「文体、言語の違いと思想の違いをどう汲み取るか」
「思想によって文体は変わる」と佐藤優氏は斬り込む。「例えばマルクスが書いた『資本論』第1巻とエンゲルスが書いたそれ以降の文体は明らかに違う。したがって思想も違う。ですが、言語=思想ではない。必ず残余が出る」。例えばウクライナ問題。「プーチンの過ちは、ロシア語を喋ってる人=ロシア人とみなしたことです」。
田中優子「しるしをたどると、場所に行き着く」
和歌には枕詞という「しるし」がある。俳句の五七五というリズムは日本語に刻まれた「しるし」だ。田中優子氏いわく「祝詞も能も連歌も、結界の中で行われます。日本文化を見ていくと必ずしるしは場所に行き着きます」。日本語、しるし、場所は不可分なのだ。しるしとして作用する場所に目を向けることで、日本の奥を探る。
村井純「インターネットの中で日本語はどうなっていくか」
インターネットは0.133秒で地球を1周する。「政府を通さずに10分の1秒で世界中が繋がる。インターネットは人類が初めて手にしたグルーバル空間です」と村井純氏。その中で日本語はどうなるか。ネット空間の日本語を検討し環境を整えることは、英語以外の多言語にも恩恵をもたらす。「日本語の使い方が問われているのです」。
武邑光裕「日本人はウルランゲージを喪失している」
ベルリン7年の滞在経験を持つ武邑光裕氏は、ドイツから見えた「日本の喪失」を指摘する。「山(やま)や丸い(まるい)という言葉に含まれる〝ま〟には、〝間(ま)〟という言葉がもつウルランゲージ(言葉以前のしるし)が共通する。こうしたしるしや来歴を私たちは喪失してしまった」。ではどうするか。「日本語に立ち返り、かつ耕さなければ、世界に向かって表現できません」。
山本貴光「日本語としるしで、どんな環境を作っていくか」
「画像生成AIに『鮭の遡上』というお題を出すと、切り身が泳ぐ絵を作成しました。AIは、経験、しるし、言語を切り離します」。山本貴光氏は、この記号接地問題は人にも起きているという。お粗末な擬似環境(自分の中の像や知識)に甘んじ世界を勝手に解釈しているのだ。「日本語としるしでどのような環境が作れるのかを問いたい」。
本楼に掲げられた、松岡座長の2つの書
第1講が開催された編集工学研究所のブックサロン「本楼」には、松岡座長の書が2枚掲げられた。「印 母語」、そして「標・記・記・験・徴」。「しるし」はひとつではない。見えているしるし、隠れているしるし、聖なるしるし、歴史的なしるし。ロゴに家紋、ハンコに記号。しるしの奥に、多様な日本が見えてくる。
[AIDA]では矢継ぎ早に「知」が連打される
第1講の最後に、松岡座長より次講からのゲストの名が明かされた。中世国文学者の田中貴子氏、文芸評論家の安藤礼二氏、漫画家の安彦良和氏、グラフィックデザイナーの松田行正氏、小説家のリービ英雄氏。「この面子はキセキですよ。みなさんも本気で臨むように」。座衆には次回までの課題も出題されている。足を止める間はない。