大澤真幸

[AIDA]ボード・インタビュー第3回 大澤真幸さん(社会学者)

お知らせ

資本主義を乗り越える 日本語的発想とは

日本には「知のコロシアム」がある。その名はHyper-Editing Platform[AIDA]。ここは、松岡正剛座長と多士済々の異才たちとともに思索を深め、来たるべき編集的世界像を構想していく場だ。

2022年10月〜23年3月に実施したSeason3のテーマは「日本語としるしのあいだ」。

2022年、ウクライナ戦争が開始し、時代の曲がり角にさしかかったことを世界中が目撃した。ヨーロッパの覇権にかげりが見えたいま、日本は世界にどう関わっていけばよいのか。社会学者・大澤真幸さんに独占インタビューを試みた。

*この記事は、受講者限定メディア「月刊あいだ」に掲載したものです。ボードメンバーのインタビューを特別公開します。

 

大澤真幸/社会学者

1958年、長野県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。社会学博士。専門は理論社会学。千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。現在、月刊個人思想誌『大澤真幸THINKING「O」』刊行中、「群像」誌上で評論「〈世界史〉の哲学」を連載中。2007年『ナショナリズムの由来』(講談社)にて第61回毎日出版文化賞(人文・社会部門)。12年『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書、共著)で新書大賞2012大賞。15年『自由という監獄 責任公共性・資本主義』(岩波書店)で第3回河合隼雄学芸賞。

――3期目のAIDAは、終わりの見えぬコロナ禍やウクライナ戦争など社会が大きく変化していく状況での実施となりました。

大澤: このような試みは、時代の大きな転換点のなかでとても大切だと思います。ここで目指しているのは、新しい知識を身につけることでなく、新しい関係の作り方を模索するということ。しかも営利には直結しない。AIDAは、世界中どこを探してもない講座ですね。

――世界が混迷するいま、あらためて自分たちの立ち位置を確認するような今期のテーマ「日本語としるしのあいだ」はどうお考えになりましたか。

大澤: 「日本語」を全面に出したのがよかったと思います。物事を考えるときは、一挙に普遍を目指すのでもなく、特殊を深堀りするのでもなく、特殊なところから普遍を見つけるのが大事なんです。

――大澤さんは「日本語の特殊性こそ、言語の普遍的な性質」だとお話されていましたが、具体的にはどんな点が挙げられるでしょうか。

大澤: ひとつ例を出すとね、僕らが日本語をしゃべっているときは、漢字が思い浮かんでいるんですよ。その証拠に、パソコンで打鍵したとき、想定したのと違う漢字変換がなされると違和感があるでしょう。日本語にはたくさんの同音異義語がありますが、話すときにそれらを混同することはない。音を聞くことで、イメージとしてのしるしが動いているわけです。

――たしかに、私たちは頭のなかでも漢字仮名交じり文で考えていますね。

大澤: もうひとつ、漢字で大切なのは「動作」です。なんで漢字には書き順があるのかわかりますか? 僕らは書き順があるから、漢字を覚えられる。つまり身体が漢字を覚えている。言い換えると、僕らの文字には身体が含まれるわけです。日本人は言葉を思い出すときに、無意識に指でスペルを書きますね。多くの国でフランス語を教えた蓮實重彦によると、この現象は日本で初めて見た現象だといいます。

――日本語は、漢字という外来語もその体系に組み込んだクレオール的なものと言えそうです。

大澤: すべての言語は、言語になるまえの身体的要素から始まるものですが、日本語のように動作も音もビジュアルもすべて保存されているものは珍しいです。

――そのような日本語を使う我々の強みというのはどこにあるでしょうか。

大澤: いま私たちは、何百年と続いた資本主義の黄昏時にいるのかもしれません。資本主義といえば、西洋的なヘゲモニーですよね。それを乗り越えるのは難しいですが、ヨーロッパ語にはない着想をすることで新たなルートが見つかる可能性があります。

――日本語はヨーロッパの言語とは違って、主語がなくても成立する。そのことが、責任を曖昧にする弱みのように指摘されてきました。日本語において不可欠な要素はなんでしょうか。

大澤: ずば抜けて大事なのは「は」という助詞です。「象は鼻が長い」という三上章の例にもあるように、「は」は主語の設定をするわけではない。昔話で「おじいさんとおばあさん“は”いました」とすると不自然ですよね。「は」の役割は話題設定。「あの本は読んだ?」と問いかけるとき、話し手と聞き手のあいだに「あの本」を前提とする共同体をつくることができる。

――「は」は一瞬にして共同体をつくる役割があるんですね。とすると、主体を明らかにする西洋語とは思考方法がまったく異なりますが。

大澤: そのとおりです、わかりやすい例をあげましょう。原爆の慰霊碑には「過ちは繰り返しませぬから」と書いてありますね。東京裁判に関わったパール判事は「日本人がこう書くのはおかしい」と批判した。しかしこの碑文を書いた広島大学の教授は、誰が悪いなどという了見の狭いことを言っているのではないと主張した。日本語的感覚では、原爆を落とした人に責任を押し付けるのでなく、戦争を起こしてしまった時代に生きていた自分たちにも最低限の責任をおぼえるという感覚があるんです。

――なるほど、日本語を使うと、ヨーロッパ言語ではつかみにくい中動態的な感覚がよくわかるわけですね。ほかにも日本の強みとして「サブカル」が取り沙汰されますが、こちらはどうお考えでしょうか。

大澤: 日本からは『鬼滅の刃』しかり、漫画やアニメで世界的ヒット作が出ますね。クオリティも高いし、想像力も素晴らしい。けれど、フィクションとして完結しすぎている感じがします。言ってみれば、ものすごく上手な「畳の上の水練」を見ている気分なんです。たとえば、視聴者は、正義のために戦う鬼滅隊の活躍に感動しても、現実に戻るとセコいことしか考えていないでしょ(笑)。つまり、サブカルが思想にはなっていないんです。世界にどうコミットするかという、政治的な行動にまでつながっていけば、日本はもっと自信をもてるのではないかと思います。

AIDAタブロイド誌

タブロイドおよびアイキャッチデザイン:穂積晴明
タブロイド撮影:後藤由加里
インタビュー記事構成:梅澤奈央
「月刊あいだ」編集長:吉村堅樹
AIDAサイト編集:仁禮洋子
(以上編集工学研究所)

AIDA ボードメンバーインタビュー

第1回:デジタル庁顧問・村井純さんインタビュー「日本語がインターネットの未来を決める」
第2回:法政大学名誉教授・田中優子さんインタビュー 自然とつながる「しるし」を残すために
第3回:大澤真幸さんに聞いた「資本主義を乗り越える 日本語的発想とは」
第4回:文筆家・ゲーム作家山本貴光さんに聞いた「漢字の罠」とは
第5回:メディア美学者・武邑光裕氏インタビュー〜メタヴァースは〈マ〉を再生するか〜
第6回:座長松岡正剛インタビュー「日本語としるしのあいだ」をめぐって

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