[AIDA]ボード・インタビュー第5回 武邑光裕さん(メディア美学者)
メタヴァースは〈マ〉を再生するか
日本には「知のコロシアム」がある。その名はHyper-Editing Platform[AIDA]。ここは、松岡正剛座長と多士済々の異才たちとともに思索を深め、来たるべき編集的世界像を構想していく場だ。
2022年10月〜23年3月に実施したSeason3のテーマは「日本語としるしのあいだ」。
ひとりの億万長者が、世界に広がるコミュニケーション手段を変えようとしている。SNS全盛の編集者なき時代、私たちはいかにして「間(マ)」を取り戻すことができるのか。メディア美学者・武邑光裕さんが考える未来とは。
*この記事は、受講者限定メディア「月刊あいだ」に掲載したものです。ボードメンバーのインタビューを特別公開します。
武邑光裕/メディア美学者
1954年東京都生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業、1978年同大学芸術研究所修了。メディア美学者。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。1980年代よりメディア論を講じ、インターネットやVRの黎明期、現代のソーシャルメディアからAIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。2017年よりCenter for the Study of Digital Life(NYC)フェローに就任。『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。
――この講座は「AIDA」という名を冠しています。第1講で武邑さんは、日本のウル言語に「マ」という概念があるとお話されていましたね。
武邑: かつて京都に住んでいたとき「マ」についてはよく考えたんです。こんな話があります。あるとき景観保護条例を緩和し、その結果、円通寺の庭から電柱が見えるという事態になりました。この電柱は何を破壊したかわかりますか。「マ」を破壊したんです。
「マ」とは、日本語のなかでも最古層の概念で、おそらくは宇宙と身体と社会を一気に関連づけようとするときに通底する何かの認識を示すと思われます。これは、ハイデガーのいうDaseinと似ていると思うんです。
――「マ」は、時間も空間も表す語ですね。
武邑: 「マ」とは、自然とのかかわりと社会とのかかわりの双方を含むもの。生物学的にみれば、自分の所属する環境を適切に認識できず、関係構築に失敗した生物は例外なく死滅します。すでに「まぬけ」になってしまった日本はいったいどうなるのか心配でなりません。
――松岡座長は、型と型のあいだにあるのが「マ(間、真)」だと話しています。
武邑: そのとおりです。江戸の連や座は、技芸や芸能のコミュニティでした。そのなかで、たとえば踊りの所作という型が、師匠から弟子へ伝えられる。型を伝えることで、間を学んでいくのです。
――ただ、現代ではどのような型を継承していく必要があるのか、見えにくくなっているように感じます。
武邑: 現代の新しい型が必要でしょうね。西洋のダンスやクラシック音楽とは違う「日本の伝統的な型」にイノベーションが起きないと、日本から間が失われていく可能性もあります。
――「マ」とは、文化と密接な関係がありますよね。たとえば「まつり」は特定の地域で共有されている儀式であって、そこから「まつりごと(政)」が生まれています。そこに従わないのが「まつろわぬ民」。
武邑: 日本はほとんど「マ」で出来ているんじゃないかと思います。でも、それを喪失しつつある。だから私たちは、記録と継承を意識的におこなうのが大事です。
――インターネットが普及して、人々がすぐに世界とつながれるというデジタル環境では、とくに「マ」は失われていますよね。
武邑: インターネットがもたらした最大の革命は、作者の拡張だと思います。6000年の文字文明の中で、作者は3億人しか生まれていない。限られた人たちしか、世界に自分の思想を伝えることができなかった。
しかしインターネットの恩恵によって、10年後には50億人が作者としての能力をもつことになるでしょう。50億の人たちが、瞬時に自分の思いを伝えられる技術をもっているとは驚くべきことです。まずは、自分たちがSNSなどによって作られた「言語的なメタバース」のなかに生きていることを自覚すべきですね。
――50億人の作者たちがもたらす問題というのはなんでしょう。
武邑: 「編集」というものが世の中から消えています! 「表現の自由」の名のもとに、無秩序な言論が広がり、1日で8億6000万のツイートが覆っていく時代です。たとえ50億人の作者が生まれても、編集者がいないのです。
編集というコンテンツモデレーションもなければ、読み手への注意喚起もない。本来の公共メディアがもつべき責務がまったく欠けている状態です。編集なき言語の暴走が、いまの混乱を招いています。戦争は、武器から始まるのではなくて、フェイクニュースや政治的なプロパガンダなどの言語から始まりますから十分に注意が必要です。
――カオス的な状況に対して、欧州は動き始めているようです。
武邑: EUは「メディア自由法」を採択しました。これはフェイクニュースに対する徹底した対応を講じるものです。つまり、メディアには編集が必要だということを示しています。これを皮切りに、さまざまな国々で法制化が始まり、ソーシャルメディアの野放図な状態は続かないと考えています。
――ソーシャルメディアとともに、マスメディアの状況もかなり危機的なのでは。
武邑: かつて「真理の守護者」と呼ばれ、世界を覆っていたマスメディアは瀕死の状態ですね。日本では「NHKをぶっ壊せ」というポピュリズムが横行していますが、ヨーロッパでは公共放送の復権を真剣に考えています。
――2022年には『公共圏の構造転換』を書いたユルゲン・ハーバマスによる60年ぶりの新刊も出ました。
武邑: ハーバマスは公共放送の復権を提唱しています。従来の大衆迎合型コンテンツからは一切脱却して、公的資金だけで運営できるような経営体制をつくり、国家からの圧力にも耐えうる自立した機能をもたせるべきと主張しています。EUはこれに呼応するように動き始めています。
――武邑さんはミシェル・ド・セルトーの『日常的実践のポイエティーク』をよく参照されていますが、私たち個人は、ここに書かれているような編集的日常を取り戻すべきなんでしょうね。
武邑: そうですね、誰もが「編集的な自己」に立ち返る必要性を求められていると思います。SNSから撤退する人が多く、FacebookやTwitterは大幅に減益しています。編集的な自己へ回帰するということが、人間に残された最後のフロンティアなのではないでしょうか。
――一武邑さんはメタヴァースの可能性にも期待しておられるようですが。
武邑: GAFAなどによる現行のメタヴァースはビッグテックの玩具に過ぎませんが、技術は人類が平等に使えますから「マのメタヴァース」が出現することも期待できます。すでに多彩なメタヴァースがあり、多様なコミュニティがありますから、マ的な世界認識が生まれる可能性もあると思っています。
タブロイドおよびアイキャッチデザイン:穂積晴明
タブロイド撮影:後藤由加里
インタビュー記事構成:梅澤奈央
「月刊あいだ」編集長:吉村堅樹
AIDAサイト編集:仁禮洋子
(以上編集工学研究所)
AIDA ボードメンバーインタビュー
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第2回:法政大学名誉教授・田中優子さんインタビュー 自然とつながる「しるし」を残すために
第3回:大澤真幸さんに聞いた「資本主義を乗り越える 日本語的発想とは」
第4回:文筆家・ゲーム作家山本貴光さんに聞いた「漢字の罠」とは
第5回:メディア美学者・武邑光裕氏インタビュー〜メタヴァースは〈マ〉を再生するか〜
第6回:座長松岡正剛インタビュー「日本語としるしのあいだ」をめぐって